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東京から移住した医師 [原発事故]

妻が子供が脇腹が痛いと言っている、念のため検査した方がいいと言う。

ただの筋肉痛か神経痛じゃないか?と言いつつ、東京から岡山に移住した医師のホームページを見た。

トップページにその医師の見解が書いてあって、ここまで言ってくれる人はなかなかいないので以下に抜粋してみます。


東京から岡山へ移住した一開業医の危機感 三田 茂 三田医院院長


放射能事故の健康被害には医学の教科書はありません。

放射線医学は外照射やクリーンでコントロールされた放射性物質を扱っていて、放射能汚染については無力です

診断学や治療学もありません。じつは医師にとっては未知の分野、いちばんかかわりたくない分野です。

当院で首都圏の家族の甲状腺検査をしてきた印象では、「子ども」が心配と言って連れてこられる低年齢の子ども「小児」には甲状腺疾患はなく、その親「成人」に甲状腺癌が増えています。チェルノブイリでは、本来無いはずの「小児甲状腺癌」が発生しました。やや遅れて「成人」の甲状腺癌は大幅に増加しました。

フクシマでは、「小児甲状腺癌」は今のところ発生していません。「青年」の甲状腺癌は著明に増加しています。

「成人」は検査をしていないので不明です。

発生のパターンがチェルノブイリとは違っています。日本では放射性ヨウ素は原因ではないのかもしれません。

(、、、この見解。僕もプリピャチの被ばく量と比べても福島で甲状腺ガンは出ないと思っていました。じゃあヨウ素でなければなんなんだ?という話です。この見立てを言ってくれる人がなかなかいない)

このような状態をソ連ではチェルノブイリエイズと言ったのです。癌が増えることのみを統計では問題としがちですが、むしろこのような

不健康な人々の増加による社会の混乱、能力低下を危惧します

(、、、これも同意です)

さらに次世代、将来の世代の遺伝子的負荷も非常に心配です。東京よりも土壌汚染の低いチェルノブイリの都市では第2第3世代の不健康な状態、人口減少が大きな社会問題になっているからです。

チェルノブイリ事故では首都モスクワは被曝を免れましたが、フクシマ事故ではトーキョーがすっかり汚染されてしまいました。日本における最大の問題は、人々が被曝している事実を認めたくないことです。ほとんどのメディアは本社が東京にありこのことを発信しません。東京の三田医院には、テレビも新聞も週刊誌も映画も取材に来ましたが、記事になったことは一度もありません。

当事者は往々にして理性的な判断ができず、残念ながらトーキョーは当事者そのものです。

避難、移住を呼びかける私がトーキョーに住み続けることは矛盾していました。三田医院が岡山へ移転したことで避難、移住を決意した人も多く、

(、、、これ重要ですね。この行動によるメッセージの強さ)

こちらへ来ることで始めてわかる事も多いのです。西日本、外国ではテレビ、新聞取材が当たり前のように全て記事になりました。トーキョーにいては全てかき消されてしまう。これから私は西日本から首都圏へ警告を発し続けようと思っています。



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放射線管理区域と内部被ばく [原発事故]

ふと「放射線管理区域」のことを考えた。

原発事故後、妻は「放射線管理区域からモノを持ち出してはいけないという法律がある」という理由から、関東の自宅から移住先へ荷物を運ぶことをためらった。自宅から数キロメートル離れたところでセシウム合計「4万ベクレル/平方メートル」の汚染が計測されたからだ。僕はいくらなんでも「全てを捨てる」わけにはいかないと言って、その時いろいろ調べた。

すると

「放射線管理区域からモノを持ち出して行けない」

のではなく、

「4ベクレル/平方センチメートル(=4万ベクレル/平方メートル)汚染されたモノは放射線管理区域の外へ持ち出してはいけない」

という話だった。

おそらく妻は「放射線管理区域=4万ベクレル/平方メートル汚染されている場所」と考えていたのだと思う。

「放射線管理区域」というのは危険な放射性物質を扱うために「放射能が管理されている場所」だ。だから「放射線管理区域」の「空間線量」や「表面汚染」は常に厳密にモニタリングされていて、放射能に関しては基本的に「クリーン」になるように保全されている。

つまり放射線管理区域内であれば放射能は4ベクレル/平方センチ以下に保たれるから、そこまで汚染される以前に徹底的に除染される。

その意味では今のホットスポットは「放射線管理区域よりひどい」ということになる。

だが「モノの汚染」はまた別だから、そこで僕は妻に

「それは4万ベクレル/平方メートルの土を運び出しちゃいけないって話で、家の中のモノはそんなに汚染されてないよ」

と言って、一応RD1008で表面汚染が検出限界8ベクレルで「0」であることを確認して、結果的には家財道具や本や衣類などほとんどを持ち出した。金銭的にもそう選択せざるを得なかった。

それで「4ベクレル/平方センチメートル汚染されたものを持ち出してはいけない」ということはどういうことなんだろう?と考えた。

というのも、もし「放射能は薄まれば安全だ」という原発事故後の話に従えば「4ベクレル程度の汚染」全く無に等しいんじゃないだろうか?と思ったからだ。

だから放射線管理区域に出入りする度に持ち物も衣類もサーベイメーターでスクリーニングする必要なんてないんじゃないか? だって例えば洋服の「袖」に4ベクレルくっ付いてたって、それが口に入っても「カリウムと一緒」なんだし、それが管理区域外に出ようがいずれ流れ落ちたり風に飛ばされて「薄まる」のだから、全く何も恐くないだろう。

それなら空間線量だけモニタリングして異常があったら対策取ればいいんじゃないかと思うし、実際今現在東日本でやってることってその程度の「ゆるい管理」で、それで「安全だ」って言ってるじゃないか。

例えば「ダイオキシン」だったら焼却場の排気口でモニタリングするんじゃないだろうか? それも常時じゃなくてたまにサンプリングする程度じゃないか? 焼却場の敷地から出る時にいちいちサーベイメーターで1平方センチ辺りの汚染を調べるなんてしてないと思う。そんなことにムダな費用をかけるよりも「膨大な量の公害が発生することを防ぐ」ことに重きを置いている思う。

しかし「放射能」は「4ベクレル/平方センチメートル」の汚染を「見逃してなるものか」と徹底的に監視していたのだから、原発事故前まではたしかに他の「汚染物質」とは異なる「核生成物」として「特殊な」扱いを受けて来たのだ。

「1平方センチメートル」という小さい面積に「ほんの少し付いた放射性物質」ですら取り除こうとしていた理由はそこに「内部被ばく」の恐れがあったからだろう。つまり原発事故後に強調されるシーベルト換算された「外部被ばくの実効線量」ではなく、体内に放射性物質が入ることを原発事故前は何としてでも防ごうとしていた。

そしてもう一つは、例え4ベクレルでも発見されれば、そこには「放射能漏洩」があるわけだから、その4ベクレルの汚染から徹底的に原因究明が行われ、その汚染源を特定して漏出を食い止める意味があったのだと思う。

また皮膚に付着した際の近距離からのベータ線被ばくも考慮されているだろう。

これはつまり「空間線量が上昇するほどの汚染が発生する前」に、もっとずっと微量な放射性物質が内部被ばくによって人の健康を損なうという認識があったからだと思う。また例え4ベクレルの放射能漏洩があったとして、それが長期に渡って微量に拡散したら「長期低線量被ばく」になるから、それを未然に防ぐ意味もある。

もし「薄まれば安全」ならその程度の汚染全く放っておいても構わないだろう。だってその何万倍の漏洩が現在進行形で続いていても「薄まれば安全」なんだから4ベクレルなんて調べるだけムダだと思う。

そう考えると原発事故前は「薄まれば安全」なんて全く考えてなかったんだ。事故後は無視されている「内部被ばく」や「低線量被ばく」への対策がちゃんと取られていたのだ。

つまり事故によって漏れてしまった放射能と今も漏れ続けている放射能が「危険」であることは、放射線防護のための法令そのものが証明してしまっている。

「放射能は『危険』なんだけど、もう『緊急事態』だから、行政的判断から『奴隷』は我慢して受け入れてちょうだい」

というのが本音なんだけど、それを言ってはあんまりだから、その論点をすり替えて「安全です」と言いたい。

本当は「我慢」なんだけどそれを「安全」と思い込ませたい。

この特殊なトリックを成立させるためには原子力緊急事態宣言を解除することはできないだろう。

それとも解除する前に「電離放射線障害防止規則」を改正してしまうのだろうか?



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原発事故「起こる」前提に教訓生かす [原発事故]

3年経った。

事故から。そして避難と移住から。

事態は、予想した通りに動いている。

今回の福島原発事故で、最も恐ろしい期間は、爆発から10日ぐらいの間だった。

そこで、今後起こるべきこともほぼ決まった。

「神風」が吹いたので、東日本が壊滅するような汚染は逃れた。

だから、「急性放射線障害」は目に見える形では起きなかった。

ということは、「晩発性障害」も「低線量被ばくによる健康被害」も、それに比例して「目に見える形では起きないだろう」と僕は予測した。

いやもちろん僕も「起きている」ことは分かっている。

しかし、いわゆる「隣の人がバタバタと倒れるような」「目に見える形で」は起きていない。

(そう見えるとすれば、twitterやブログなどネットによって突然死などのデータが集約されるからだろう。反対に『全く何も気にしてない』twitterやブログの数と比べてみればいい)

そして、原発を推進する人間も、容認する人間も、気にしない人間も、「目に見える形で起きない限り」、それを『起きる』とは呼ばない。

だから、彼らにとっては、今回の事故に関して言えば、永遠に「原発事故による健康被害は起きない」ということになるし、実際そういうことになっている。

つまり、これほどの「原子力災害」「過酷事故」が起きても、結局「健康被害は起きなかった」というのが、彼らが、この福島原発事故から学んだ「教訓」なのだ。

恐ろしく単純なことなのだ。

原発事故が起きて、例えば100人の村の癌死が1人から2人に増えて、心筋梗塞が5人から7人に増えて、脳梗塞が3人から6人に増えたところで、91人いた健康な人間の数はいまだに85人もいるのだから、「全体としては健康」なのだ(例えその中の30人が原因不明の体調不良に悩まされていても)。

「健康被害が起きた」と認定されるのは、社会活動に従事出来る程度に健康な人間が50人を下回ったりした場合だろう。

今後30年ぐらい、放射性プルームを吸い込んだ人間の追跡調査をすれば、そういった統計も出るのかもしれないが、まず不可能だろう。

どの道、死因や病因は「特定不可能」なのだから、今回の福島原発事故による健康被害は「知りようがない」ので、そういうことなら、「また事故が起きたって大丈夫」と彼らは思っている。

たしかに今後必ず「原発事故は起きる」だろう。

だから、推進派は言い方を変えて来た。

「事故は起きる。だけど、起きてもたいしたことない。だから次は逃げなくていいし、逃がさなくていい」

転んでもただでは起きない。

反省するどころかさらにずうずうしくなって息を吹き返して来た。

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下のニュースで奇妙に感じる部分。まず、

「原発事故の本質は避難させられたことで人々が亡くなっていることだ」

というところ。

これは「本質」を「死」と同義にして、「急性放射線障害で人が死んでないから、この事故はたいしたことなかった」という事故直後から繰り返されて来た推進派の紋切り型の口上だ。

心筋梗塞による死人がちょっと増えようが、子供の甲状腺異常が増えようが、今後5年10年と出生率が下がって病人が増えようが、それは「原発事故による直接的な死」ではないから関係ない。

だから「逃げない方がマシ」と言う。

原発推進派にとって一般市民など、被ばくしても「即死」さえしなければ、じわじわ死んでくれる分には痛くもかゆくもない、電気代と税金を搾り取るための虫けらのような存在なのだろう。

そう考えているのでなければ、こういう形での「開き直り」はできないと思う。

そしてもう一つは、アメリカ合衆国原子力規制委員会前委員長のグレゴリー・ヤツコ氏の2013年9月の話。

「『原子力発電所では事故が起きるもの』だという前提で私たちは議論を進めなければならない」

と言っておきながら、

「いかなる事故であれ、ただの1人も避難させるということがあってはならない」
「原子力設備以外の土地を汚染する、米や麦などの主要穀物を汚染する、などということがあってはならない」

そのために、「世界中の原発でそのような安全基準を求めなければならない」

と言う。

「『事故が起きる前提』で考えて安全対策すれば『一人の避難者も出すことはない』」だから「事故は防げる」

と言うことだろうか?

「原発事故は起きる」だけど本気でがんばれば「原発事故は防げる」

と言うなら、単純に「だから事故は起きない」と言ってるのと変わらないじゃないか。

こういう自己矛盾した「詭弁」はまったく推進派の常套句で、形を変えて同じことを言う。

しかも

「もう1つ重要なことは、市民の側が行動を起こし、関与していかなければならないということです」

とか何とか、まるでICRP勧告の「自助努力」よろしく、

「放ったらかしに国や電力会社にやらせておいたおまえらにも責任あるだろう。だからこれからはちゃんと監視しろ」

といわんばかりだ。

「一人の犠牲も避難者も出してはならない」と本気で思うなら、こういう論理学的に意味不明な文言など並べ立てられるはずがないだろう。

正直に「原発事故は起きるし、避難者も出るし、土地も汚染される。だけどそれもみんなおまえら自分たちの責任だから我慢しろよ」と言えばいい。

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今その100人の村で、健康な人間は85人もいるが、今後それは70人、60人と減少していくだろう。そこで健康を害して行く人間の多くは現在の「子供たち」だ。

それでも60人も健康な人間がいるのだから、「健康である確率の方が高い」と考えられる人間は、避難も移住も必要はない。

それが電力会社と国の考えることなのだから、胸を張って国家に身を捧げて、彼らが望む通りに、一市民として「我慢」すればいいと思う。

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原発事故「起こる」前提に教訓生かす(NHKニュース 3月10日 22時27分)

東京電力福島第一原子力発電所の事故から11日で3年となるのを前に、事故の調査や検証を行った政府、国会、民間の3つの事故調査委員会のトップが討論会に参加し、「事故は起こる」という前提で3年前の教訓を生かすよう訴えました。

討論会には、福島第一原発事故の調査や検証を行って報告書をまとめた、政府、国会、民間の3つの事故調査委員会のトップが参加しました。
まず民間事故調の北澤宏一元委員長が原子力規制委員会について、「形のうえで政府から独立したが、政治や経済に左右されず国民の安全を守ることだけを使命としていけるかは未知数だ」と述べたうえで、その役割の大きさを指摘しました。
また、政府事故調の畑村洋太郎元委員長は原発の運転再開を巡って「原発事故の本質は避難させられたことで人々が亡くなっていることだ。原発の安全対策を強化しても事故は起こるという前提で、避難の計画を確認すべきだ」と述べ、3年前の教訓を生かすよう訴えました。
そのうえで国会事故調の黒川清元委員長は、企業や社会でものが言いにくいために問題が見過ごされたことが3年前の教訓だとして、「一人一人がおかしいと思うことに見て見ぬふりをせず、何ができるかを考えることが重要だ」と指摘しました

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9月23日に特定非営利活動法人原子力資料情報室の主催で開かれたグレゴリー・ヤツコ氏の講演

「原子力発電所では事故が起きるもの」だという前提で私たちは議論を進めなければなりません。そのような基本を認めなければオープンな議論はできません。いつ事故は起きるのか、どのくらいの規模で、どのくらい深刻なものになるか、は予測がつきません。けれども、どこかのある時点で事故は必ず起きるものだということです。

残念なことに原子力の業界では、原子力は技術的に安全なもの、決して事故は起きないとされてきました。原子力業界に携わる企業の行動は、事故は起きないという信仰の域に近いものがありました。

事故が起きると安全システムに対して何らかの修正・変更・改善を加えようという動きが出てきます。しかし、本来なすべきことは、原子力の安全性に対する根本概念を見直すことにあるのです。

(...)

これらを踏まえて私の意見を述べると、原子力発電所はまず安全性に関する基準を満たさなければなりません。この新しい基準は、福島第一の事故が私たちに教えるところの教訓に合致したものでなければなりません。いかなる事故であれ、ただの1人も避難させるということがあってはなりません。また原子力設備以外の土地を汚染する、米や麦などの主要穀物を汚染する、などということがあってはなりません。日本だけでなく、世界のどの国の原子力発電所であってもそのような安全基準が求められていかねばなりません。

私たちは日本で起きた悲劇から学ぶという機会を生かさなければなりません。もう1つ重要なことは、市民の側が行動を起こし、関与していかなければならないということです。今度は皆さんが公職にある議員、首長、政府などに働きかけて、討論の場を設け、説明責任を求めていくことが求められています。

黄色い粉 [原発事故]

妻が例の「黄色い粉」のことを心配しているので、たぶん「花粉」じゃないかと思って少し調べたら、震災前のブログに似たような画像を見つけた。見た目一緒。

http://minkara.carview.co.jp/userid/107564/blog/21653940/

http://yaplog.jp/maaya_711181/archive/70

ただ福島原発爆発直後は、花粉も放射性物質も風に乗って同じ動きをするだろうから、花粉が溜まってるところには「いろんな」放射性物質が大量にあったと思うので、「危険な物質」であることに変わりはない。しかし「黄色く目に見えているもの」は花粉だろう。

(これが放射性物質そのものだったら、たぶん即死するんじゃないだろうか?)

それにしても視界が黄色くなるほど大量の花粉が舞うなんて震災前見たことないから、一昨年からその量が増えたとするなら、杉が被ばくの影響で本能的に危機を感じて、「種の保存」のために何かが起きたんじゃないのか?

いずれにせよ、花粉だろうが黄砂だろうが煙霧だろうが、以下の市民測定所の検査で分かるように、セシウムが含まれていることは間違いないので、その量はどうあれ、吸い込んで良いものではないと思う。

埼玉県草加市で採取した「煙霧で飛来した砂」4362Bq/kg(日暮里放射能測定所-にっこり館)

強風などによって廊下、階段などのマンション共用部分に吹き込んだ砂埃セシウム合算1866Bq/k(Relationship座間)

ところで、こんな花粉や砂埃を放ったらかしにしておいていいのだろうか?と思うが、

国的には「全く問題ない」ということらしい。

林野庁は平成25年度のスギ花粉は90000ベクレル/kg(9万!)で、それを吸い込んでも、1時間あたり最大0.0000715マイクロシーベルト(!)と言っています。

スギ雄花に含まれる放射性セシウムの濃度の調査結果について(林野庁)

スギ雄花の放射性セシウムは半分(NHK『かぶん』ブログ 2013年03月08日 )
最も濃度が高かったのは(...)浪江町小丸で採取したスギの雄花で、前回の調査のおよそ3分の1の1キログラム当たり9万500ベクレルでした。同じ濃度のスギ花粉が、これまで国内で測定された最も高い密度で4か月間飛散し続けたとすると、吸い込んだ人の被ばくは0.206マイクロシーベルトになる計算だということです。これは、現在、東京・新宿区で屋外に4時間半いたときに受ける放射線量とほぼ同じ値で、林野庁は「吸い込んでも、放射線による健康への影響はないと考えられる」と話しています。
9万ベクレル/kgの花粉がバラまかれて、それ4ヶ月間吸い込んでも大丈夫って言ってるんですよ、、、。

1800の埃だ、4000の煙霧の砂だ、なんて歯牙にもかけないでしょう。

(『同じ濃度のスギ花粉がこれまで国内で測定された最も高い密度で飛散した場合』というのに注目してください。大気中に拡散すれば問題ない、『薄まればたいしたことない』っていう話なんですよ。9万ベクレルが薄まれば、それ4ヶ月吸い込んだって、新宿で4時間歩くより被ばくしない、って言ってるんです。どうです? すさまじくないですか? 呼吸による内部被ばくも放射性物質の毒性も何にも関係なし。全部シーベルト。すごい国だ、ほんと)




強制避難区域の低線量被ばく [原発事故]

「強制避難区域」はそこに立ち入ったらただちに急性放射線障害になるような場所ではない。

「住み続けることで継続的な被ばくをするとやがて明らかな健康被害が出る」という意味では「低線量被ばく」が問題となる場所だ。

そこに住んでいても「ただちに影響がある」わけではないのだから、強制移住などさせなくてもよかったはずだ。

原発事故からの避難者が避難生活中に亡くなったことで、「避難などさせる必要はなかった」と言う安全派がいるが、国は「原発関連死」で亡くなる方を出してでも、「強制避難区域」を作らざるを得なかったのだ。

彼らはリスクとベネフィットを鑑みて(コストとベネフィットか)、住民を放射能汚染地帯に留まらせて何割かに健康被害が出る方がマシ、と「行政的判断」を下すこともできたし、程度の差はあれ「放射能による健康リスク」が広がっている大都市ではその選択をした。

しかし「強制避難区域」だけは別で、そこに人が住み続ければ放射能の影響が隠し通せないほどはっきりとした形で健康被害が出てしまう。

つまり、強制避難区域は「ある一定量以上の継続的な低線量被ばくは健康に影響を与える」と国も認めざるを得ない場所なのだ。

その『ある一定』がどれぐらいのレベルなのかは別にして、そこに放射能のリスクは科学的に厳然と存在している。

だから、自主避難した人はその「行政的判断」には従わなかったが、代わりに、国家の科学的知見は正しく理解しているのだ。

(かなり楽観的で『安全寄り』の見方だとは思うが、その国ですら低線量被ばくの危険性は認めているということだ)

それゆえ国は、住民の健康を守るなどという理由ではなく、原子力への負のイメージを作り出さないためにも、強制避難区域など作りたくはなかった。

「警戒区域」「帰宅困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」と、やたら細かく区切って住民を引き戻そうとするのは、補償を打ち切るのもさることながら、国はできればこの「低線量被ばくの健康への影響」をないものにしたいからだろう。

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「この日本に放射能汚染による強制移住区域が存在する」

その事実だけで、原子力は否定されるのに十分なのだ。





避難と死 [原発事故]

原発爆発から2年。

もうすっかり全てを忘れた人が9割9分。

1%ぐらい(0.3%ぐらいか)の人が、あの日を境に全てが変わって、「変わってしまった日常」をずっと生きている。

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原発 福島に負の連鎖 県外避難5万7000人(東京新聞 2013年3月11日)

この記事を読んでいて、少しおかしなことに気が付いた。

福島、宮城、岩手の被災三県で、津波や建物の倒壊といった震災の直接的な原因で亡くなった方のうち、

福島の人は10%。

それが震災後の関連死2554人のうち、

福島の人は1337人で52%になる。

そしてその9割が66歳以上だという。

つまり、避難途中、避難生活中に亡くなった年配の方が福島では多い。
この数字の異常さこそ、原発事故の恐ろしさを示している。放射能で身体をむしばまれる死だけが、「原発事故による死」ではない。
と、福島の震災関連死が多いのは「原発避難」が原因だ、という論調で、別に間違ったこと言ってないように見える。

しかし何か変だ。放射能の影響について一切触れられていない。

例えば、「福島の震災関連死は5割に跳ね上がる」と言うが、

今年2月現在の避難者数は、

宮城 11万7000人
岩手 4万2000人
福島 15万4000人

宮城・岩手合わせて15万9000人で、福島15万4000人。

だから「震災関連死」が半数でも何らおかしくないじゃないか。

すると、

「宮城、岩手は県内避難が大半なのに、福島は5万7000人が県外避難をしている」

とあたかも「福島の避難者の多くは、住み慣れた地元から全く離れた場所で生活せざるを得ず、そんなストレスだらけの生活を2年も続けているうちに年配の人がたくさん亡くなってしまったのだ」と言いたいかのようだ。

しかし同記事のこのグラフを見ると、

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おそらく1年目は、震災直後に病院からの避難や持病の悪化などで亡くなった方が多いのだろうが、

事故後2年目の震災関連死は宮城で減っているのに、福島はあまり変わらない。

仮設住宅暮らしなど県内も県外もあまり関係なく「ストレス」がたまると思うし、岩手も県内避難者がほとんどなのに関連死は減っていない。

これを「福島は県外避難者が多いから」という理由にするのはちょっと無理ではないか?

最初何も疑わずに「そうだ、そうだ、避難者も原発事故の犠牲者だ」とうなずいて読んでいたが、

これは一見反原発風の、「ひねり」の効いた「サブリミナル御用記事」だ。

東京新聞は時々こういうのを書く。何なのだろう。

この統計は何か重要なのではないか?

ある意味避難区域からの避難者は被ばくの状況も似ているから一つの統計的な母集団になると思う。そこで他地域よりも突出して何かが起きれば、その死や病気自体を『被ばく』に容易に関連づけられる。そこに一切触れずに、『県外避難のストレス』と『結論づける』御用記事を、東京新聞のような良心的なメディアに「書かせる」ということは、逆に興味を引く。

この統計は来年以降も出るのか。

子どもの甲状腺検査 福島県以外と同じ [原発事故]

子どもの甲状腺検査 福島県以外と同じ (NHKニュース 3月8日 21時44分 )
原発事故を受けて、福島県が子どもを対象に行っている甲状腺の検査で、小さなしこりなどが見つかった割合が、福島県以外で行った検査の結果と同じ傾向だったことが分かり、環境省は、福島県での検査結果は原発事故の影響によるものとは考えにくいとしています。 原発事故で放出された放射性ヨウ素は、子どもの甲状腺に蓄積してがんを引き起こすおそれがあり、福島県は当時18歳以下だったすべての子どもを対象に甲状腺の検査を行っています。 福島県などによりますと、ことし1月下旬までに検査を受けた13万3000人余りのうち、41.2%の甲状腺に5ミリ以下の小さなしこりなどが見つかりました。 環境省は、見つかったしこりなどはほとんどが良性のものだとしていますが、福島県の保護者などから事故の影響が大きいのではないかと不安の声が上がっていたことから、原発事故の影響が小さい青森県の弘前市、甲府市、それに長崎市の3か所でも同じ検査を行いました。 その結果、検査した3歳から18歳までの合わせて4365人のうち、福島の検査で確認された小さなしこりなどが56.6%で見つかり、福島県とほぼ同じ傾向だったということです。 これについて、環境省は「福島の結果が原発事故の影響によるものとは考えにくいことが分かった。この結果が不安の解消につながることを期待したい」と話しています。
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きっとこう来るだろうとは思っていたが、こんな気持ちの悪い報道を垂れ流して、NHKは恥ずかしくないんだろうか?

何が気持ち悪いって、もういろんなところで指摘されてるように、福島ではすでに甲状腺ガンが3人出ているのだから、単純に考えれば、「福島も他の地域もしこりの発見率は一緒」って言うなら、日本中で小児甲状腺ガンが多発する可能性があるということなのに、そのことには一切触れないで(NHKは『甲状腺ガン3人』の報道をしてないだろう)、今回の「しこりの発見率が同じ」ってことだけは速報し、「不安の解消につながることに期待したい」とかコメントを流して、何だか「よかった、よかった」みたいな雰囲気を作っているところだと思う。

とにかく「福島原発事故の影響ではない」、何がなんでもその一点だけは死守したいし、そのためにはどんなことでもする、どうやってもそのつじつまだけは合わせる、という不気味な執念だけは伝わってくる。

この報道の意味することはこうだ。

まず福島の子供は、他の地域の子供よりも「より多く被爆している」ことが前提になる。それは認めている。

そして、その「より多く被爆している子供」も「被爆の影響をほとんど受けていない子供」も、「同じ割合で甲状腺にしこりがある」のだから、「しこりの原因は福島原発事故とは関係がない」「しこりの原因は別なところにある」ということになる。(これと同じ論法がチェルノブイリでも使われた)

この結果に「よかった、よかった、不安が解消された!」って飛び上がって喜ぶのは福島の保護者ではなく、東電と政府関係者だろう。

だって、「しこり」の不安も、それが悪性化するのではないか、ガンになるのではないかという不安も、まったく消えてないし、逆に日本中の子供が被ばくしたのではないか?という可能性や、原因は不明だが甲状腺に何らかの異常をもっているのではないか?という不安は増大している。

というより、甲状腺ののう胞と結節が日本の子供の半数に原発事故前から「普通に」あったのかどうか、それは事故前の検査データと比較しなければ分からないだろうし、その比較ができないのなら、「原発事故の影響ではない」とは断言できないと思う(『影響とは考えにくい』とぼかしてはいるが)。

しかしすでに福島で小児甲状腺ガンが3人(疑い7人)出ているせいで、この先に新たな不安が生じてしまった。

今後日本中の子供の甲状腺検査をするにつれて、福島の検査と同じ比率で甲状腺ガンが「見つからなかった」としたら、福島の「より多く被爆している」子供たちだけが「しこりが悪性腫瘍化」したことになってしまい、そうなったら、原発事故の影響は否定できなくなる。

逆に非汚染地帯の子供から今回の福島の検査と同じ比率で甲状腺ガンが「見つかった」としたら、日本中で小児甲状腺ガンが激増する可能性がある異常事態になってしまう。

しかし、とにかく「福島原発事故の影響ということだけは絶対に認めない」と「腹を決めた」国にしてみれば、むしろ日本中で小児甲状腺ガンが増えた方が、「検査精度が上がった」とか「大気汚染の影響」とか、ごまかすための理由は作りやすくなるから、そちらを望んでいるのかもしれない。

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もしかしたら、考えられているよりもずっと低い被ばく量で、ヨウ素やセシウムは甲状腺にのう胞や結節を作り出し、それがそれぞれの子供が元々持っている因子と結びついて「確率論的に」ガンを発生させるのかもしれない。

そうなると、放射性プルームの微量な初期被ばくや、食品やガレキ焼却による内部被ばくも、低線量で甲状腺や他の臓器に影響を与える可能性がある。

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国や東電にしてみれば、ガンでも死亡率でも一番困るのは福島だけが突出することだろう。

僕は希望的にそんなことにはならないと思っていたが、国はより深刻な事態を予見していて、保身のために様々な「手」を打ち続けて来たのかもしれない。

食べて応援、ガレキ拡散、除染ボランティア、、、そんなバカなと思うかもしれないが、今回の報道の恥ずかしさはかなり末期的だと思う。

もうすぐあの事故から2年、、、。

嘘だとか本当だとかデマだとか、そんなことはもうどうでもいい。

僕たちは、粛々と自衛する。





降下した放射性物質の月別推移グラフ−2 [原発事故]

降下した放射性物質の月別推移グラフにまたケチをつけて来た人がいる。

まあそれはどうでもいいんだけど、

たしかにこの元グラフ(真ん中の対数グラフと実数グラフを継ぎ足したもの)は、

monthlyfalloutcomparison.jpg

どこの測定値を使ったのか明記していない。そしてグラフの上に「文科省のデータと若干違うので、次回は文科省のデータを使ってグラフを作ってみる」と書いてある。

では文科省のデータを使って実数グラフを作ってみよう。単位はMBq/平方キロメートルだから、単純にBq/平方メートルに換算する。

参考資料は以下。

文部科学省環境放射能水準調査結果(月間降下物) H23年3月分

fallout_march_2011.gif

文部科学省環境放射能水準調査結果(月間降下物) H23年4月分

fallout_april_2011.gif

この文科省データで作った実数グラフと元の引用先不明の実数グラフを比較してみよう。

cs137_fallout_tokyo_ibaraki.gif

なんだ、ひたちなか市3月分以外、たいして変わらないじゃないか。

3月の東京の降下量なんて文科省のデータの方が悪い。しかもセシウム134もヨウ素131も入ってない。

それに、文科省のデータの「3月分」には、3月12日原発爆発後から3月18日9時までの測定値は含まれていないと見られる。

ということは、3月15日の大規模フォールアウトは換算されていないのだから、元のグラフがそれを加味しているとするなら、決して間違ってはいないのではないか?

いずれにせよ、「大気圏内核実験」や「チェルノブイリ原発事故」の時の日本とは比較にならないほど「とんでもない量」の放射性物質が降り注いだことに間違いはないわけだ。

デマも風評も何も、この福島原発事故の原因も収束方法も被害の実態も何も分かってないんだから、僕ら一般人はいろんなデータを引っ掻き集めて「推測」するしかないわけだ。

だれも「これが真実だ」なんて言ってない。これも一つのデータに過ぎず、それを判断するのは各個人だ。

こういったグラフを見て、「この程度じゃガンは『統計学的に』増えない」と思える人はそう思えばいい。

心配しなくても、「確率論的」には、放射能が原因で「ガンにならない人間」の方がはるかに多いのだから、「全体的に見れば」安全派が勝利するのは確約されている。

それに「ガン以外」のどんな病気になっても、放射能との因果関係なんて証明されないだろう。

だからもし「自分」や「自分の子供」がそうなった時には、一人さびしく、孤独に、死ぬまで、その病気とお付き合いしていくだけだ。

「どうせ人間は放っておいたって病気になって死ぬんだ」

そう思う人は、1万ベクレルだろうが10万ベクレルだろうが、どうでもいいから、食べ物も子供の未来も何も気にせず好きなように生きればいいと思う。

原子力防災と低線量被ばく [原発事故]

原発災害避難拡大 対象の島の住民8倍に(NHKニュース 2月2日 18時58分)
原子力災害が起きたときに避難の対象となる範囲の目安が半径30キロに拡大されたことで、対象に含まれる島の数が大幅に増え、対象となる住民の数は従来の8倍の3万2000人余りにのぼることが、各地の自治体への取材でわかりました。避難に使える船などが十分になく、一斉に避難することが困難な島もあり、防災の新たな課題となっています。
北陸電が「原発安全授業」 金沢の高校で昨年12月(しんぶん赤旗 2013年2月3日)
「福島の人、とくに老人はそこに住んでいればよかったのに、移動・移住したからストレスや環境の変化で体を壊した」

こういうニュースを見ると、何だか原発事故起きても30km圏内から避難すれば何とかなるし、仮に避難できなかったとしてもストレスの方が問題だから、場合によっては避難しなくてもいい、その程度だから「次に何か起きても心配するな」と言っているかのようだ。

しかし、もし放射能被ばくのもっとも大きな影響が爆発直後のサブマージョン核種を含む放射性プルームの吸気による内部被ばくによってもたらされるとしたら、そもそも原発事故から「逃げる」ことなどできるのだろうか?

原発が爆発すれば、放射性プルームはあっと言う間に拡散するわけだし、それを避けるために屋内退避を呼びかければ、逆にパニックが起きて、膨大な数の人間が渋滞に巻き込まれたりして身動きが取れなくなり、逃げるどころかその猛烈な放射能雲の中に突っ込んでしまうかもしれない。

それに今回の福島原発事故だって、30km圏外どころか、300km圏で数千万人が被ばくしたじゃないか。

それがいつのまにか「何もない」ということになっている。

原子力規制委員会が作成している防災指針みたいなやつも、とりあえず原発立地数km圏内の住民の急性放射線障害さえ回避できれば、それ以外の数百km圏内の人には、もう事故が起きたら「被ばくしていただく」ということなのだろう。

つまり「低線量被ばく」は完全にないものにされている。

もしそれによって健康被害が出るなら、「原発事故からは逃げられない」ということになって、原子力「防災」そのものが破綻して、原発は動かすことができなくなってしまう。

低線量被ばくが認められないのは、それが原発の根本を否定しかねないからだ。

動かすために、ないものにする。

ということは、そこには絶対に「何かある」と見ていいだろう。




これから「大変なこと」は起きるのか? [原発事故]

放射能危険派の人は言う(まあ、妻も時々言うが)。

これから「大変なことが起きる」と。

では、何をもって「大変なこと」とするのか?

それは例えば「ガンや白血病患者が急増する」とか「人口が激減する」とかだろう。

実際そう断言している人もいる。

しかしながら僕は、このブログで何度も繰り返しているように、「福島はチェルノブイリ以上の被害は出ない」という立場を取っている。

では「大変なこと」など起きないと思っているのか?

いやまったく逆で、「大変なことが起きる」と思っているからこそ、関東から全てを投げ捨ててでも避難したわけだし、どう言い繕おうが、その避難という行為によって、「放射能は低線量でも危険だ」という自分の考えを十分すぎるほど表明してしまっている。

だから、そんな風に「避難した人」を見て、「避難しなかった人」はこう思うだろう。

「ははん、あいつ、口では『福島はチェルノブイリよりたいしたことない』とか言っているが、頭の中では『関東でも数年後に人がバタバタと倒れる』『子供が次々ガンになる』とでも思っているんだろう。大げさな。そんなことが起きるなら、今頃福島ですでに急性放射線障害がチェルノブイリ並みに何千人も出てるわ。それすらないのに、東京で健康被害が急増するなんてあるはずないだろう」

こう考える人たちは、「大変なこと」など絶対に起きないと思っている。

なぜなら、ある人にとっては(そして日本の大半の人々にとっては)、「大変なこと」はイコール「隣近所でバタバタ人が死ぬ」とか「子供が次から次へと甲状腺ガンを発症する」とか、「今、ここで、目の前で、大量に」何か起きることであり、そうでなければ、それ以外は全て「たいしたことない」思うのだ。

(そういう意味では、原発由来の放射能でDNAが破壊されるよりも、中国の大気汚染でゲホゲホと咳が出ることの方をずっと恐ろしいと感じている)

ところが、僕の考える「大変なこと」はそうじゃない。

もっとずっと静かに、長い時間をかけて、事態は進行して行くんだ。

人は徐々に、「健康を害して」行く

多くの子供が成長するにつれ、「不健康」になって行く。

多くの労働者が、「体調不良」に悩まされる。

しかも、それは明白なものではない。

何かがおかしい。どこかがおかしい。医者にも何だか分からない。

「気のせいだ」「ストレスだ」で片付けられる。

だから、無理してでも普通に生活する。しかし、一向に「具合は良くならない」。

周りを見ても、健康な人はピンピンして、相変わらずの生活を楽しんでいるし、テレビでは変わらぬ娯楽番組が流れ、街は買い物客で賑わっている。

誰にも言えない。何も原因は分からない。

そもそもある程度の年齢に達すれば、皆何らかの身体的な「不調」を抱えていて、「健康」を維持することがどれだけ難しいかということは分かっているはずだから、それが「どんどん悪化する」ことの恐ろしさなど、簡単に想像できるだろう。

(おそらく、僕が考える放射能由来の『健康被害』のもっとも恐ろしい部分は、どうがんばってみても『一旦生じた体調不良から抜け出せない』ということだと思う。ところが多くの人は、セシウムでちょっと具合が悪くなっても、医者にでも見てもらえばまるで風邪から回復するみたいにたちまち元通り健康になれると思っている)

しかしながら、そんな人が一人増え、二人増えして、やがて数十万人、数百万人、数千万人に膨れ上がったところで、何かが変わるだろうか?

変わるはずがない。

こと放射能に関して言えば、何が起きても「ガン以外は全て健康」と見なされるのだ。

その軽微な「体調不良」を「大変なことの兆候」として認識できるなら、「大変なこと」は「これから起きる」のではなく、今現在「すでに起きている」だろう。

それにだいたい、原発事故と関係なく、もともと日本中「具合の悪い人だらけ」だったのだ。

それは今後「確実に」増える。しかし原発事故以前から、ほとんど全ての疾病率は増加傾向にあるのだから、それが統計上2倍になろうが10倍になろうが、生活習慣のせいになるだろうし、「原因不明の不健康」など激増しても統計に出てくるはずもない。「ちょっとぐらい具合が悪くても」、明確な病気を発症するまで、多くの労働者は自分にむち打って黙々と働き続けてきたのだし、これからもそうなるだろう。

だから原発事故を起こした日本は、これから膨大な数になるであろうその「不健康な人間」を切り捨てて行くことに決めた。

放射能の影響によるそんな「確率論的に不幸な人間」が増えても、補償など必要はない。

それどころか全く逆で、ぶっ倒れるか鬱病になるかするまで働かせて税金を巻き上げ、病院に送り込まれたら医療費を搾り取り、ガンになったら外資系の製薬会社と組んで抗がん剤で一儲けし、それで早死にしてもらえれば年金も払わなくて済む、と考えている。

そして「全体として」健康な子供が何割か存在し、「全体として」ある程度の労働力が確保され、「全体として」日本の経済が回って、とにかく支配者層の利益がグローバル資本主義の中で優先的に確保されれば、それがすなわちこの原発事故の最善の解決策であると判断した。

そう「そろばん勘定」したのだ。

「大丈夫だ。たいしたことない。放射能など気にすることない」、今そう言っている人の半数が20年後に病気になったところで、残りの半数は相変わらず「何も起きなかった。放射能たいしたことない」と言い続けているだろう。

日本が世界の核廃棄物最終処分場になって田舎の半病人がみな原発労働者になろうが、幸いそうならずに済んだ「都会の健康な人」は、「明日は我が身」など露程も思わず、NHKのインタビューに答えてこう言うのだ。

「いや、放射能なんて全く気にしてなかったけど、子供含めて家族全員未だに健康そのものですよ」

そんな「ラッキーな人間」だけ掴まえて全国放送で流せば、「福島原発事故では何の健康被害も出なかった」と簡単に日本中、世界中を納得させることが出来るだろう。

つまり、「全体として」言えば、「大変なこと」など永遠に起きないのだ、、、。

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それでもやはり、今も心のどこかでは、考え難いが、僕の予想を裏切って、全てがひっくり返るような『とんでもないこと』が、この先起きる可能性は0ではないとも思っている。

だから、そのための備えは、あくまでも「個人的」なこととして、粛々と遂行していくつもりだ。



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