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1時間おきの授乳 [生後一ヶ月]


飲みたい時に飲みたいだけおっぱいをあげる、と決めたので、泣いたらとりあえず抱っこして、それでも泣き止まなければ、おっぱいをあげている。




だいたい僕が抱っこすると、泣き止むことはほとんどなく、だんだんエスカレートしてくる。なんかこの人に抱っこされれば「次は『おっぱいだ』」と分かっているような感じで、足をばたばたさせて、口を開けて顔を左右に振って、そのうち胸のあたりをパクパクやり始めて、「なんでおっぱいないんだよー!」みたいに泣き始める。




そうなったら、もう終わり。すぐ妻に渡しておっぱいをあげる。とたんにおとなしくなる。




うちはこんな感じ。「舌小帯で苦しくて、舌の上に何か乗せると呼吸が楽になるから、おっぱいを欲しがる」って言われたけど、まったくそうは思わない。




何でかって言うと、ベッドに寝かすとすぐに起きるとか、一日中ぐずっておっぱい欲しがるとか、そういうことはないから。一日中(いや半日でも)ぐずってたのは一回もない。唯一異様に泣き叫んだのが、お腹がパンパンなのは飲み過ぎだと思って、おっぱいを我慢させた時。今は、1時間とか30分おきにおっぱいを欲しがる時もあれば、2時間ぐらい空くこともある。昼間はだいたい1時間おき。夜も3時間空くのはあって1回。午前1時、3時、4時、5時、6時、7時に授乳なんて時もある。そうすると次の日の朝は機嫌がいい。1人で起きてばたばたしてる。




生まれて2週間ぐらいは、おっぱい飲んで、2、3時間平気で寝てたけど、最近は1日に2、3回覚醒して1人できょろきょろしてる時間がある。そしてそのうちぐずり出す。ぐずり出すと、しばらく途切れ途切れ泣いて、そのうち「うわ〜っ」と泣き出す。この泣き方は、生後2週間ぐらいの時と違ってはっきりしてる。前はもっと小さめの声だった。そしてよく唸る。伸びをする。




でも、とても苦しくて泣いてると思えない。だっておっぱいあげるとぴたっと泣き止むし、その後寝てしまうのがほとんど。(でも10分で起きてまた「うわ〜っ」と泣いておっぱい欲しがる時もある。それを数回繰り返す時もある。飲んでる最中に何かおっぱいの出が悪いのか、何かが気に入らないのか、「ひぃ〜っ」と泣き声をあげる時もある。だまってひたすら飲むときもある)




ゲップをさせるようになってから、唸りもおならも減った。でもまったくなくなったわけではなく、よくオヤジみたいに唸ってる。




とにかく不規則。いつも違う。当たり前じゃないのかな? 母乳性黄疸で顔も白目も少し黄色いし、足だって、何か黒っぽい。でも、それが重大な疾病に繋がるとか、思えない。いずれ消えるでしょう、別に色黒くてもいいし、普通だと思う。これを異常と言われてもどうしていいか分からない。




でも、舌小帯の症状にはほとんど当てはまる。その中に「おっぱいを飲む時目をつぶる。そのうち寝てしまう。飲むのが大変だから」という症状があったんだけど、それを知ってうちの子供を見たら、たしかに目をつぶってる。そしてしばらく吸うと(5〜10分ぐらい)、口にくわえたまま吸うのを止めてしまう。ぷはっという感じで首をのけぞらせて寝てしまう。小指もよく立ててたから、「何?そのこゆび〜」なんて言ってた。一瞬やっぱりそうなのか?と思ったけど、そういうのって、気にすると余計目立つってのありませんか? で、最近なんかあまり意識しなかったけど、目をずっと開いて延々と飲んでる時もある。手も握ったり、開いたり。足も突っ張ったり、だらっとしたり。




あと、「体を突っ張るから抱きづらい。足をよく動かす」ってのもある。それを意識した時は本当にそう思った。何でこんなに嫌がるんだろう、足をキックするんだろうって。でも最初に書いたみたいに、だいたい僕や妻が抱っこする時って、ぐずった時しかない。機嫌が良い時は寝かせてるから。僕に抱かれると「おっぱいかな?」と思うみたいで一瞬おとなしくなるけど、すぐに胸のところをぱくぱくしたりして、おっぱいがないと分かると、ふんぞり返ってばたばたする。




で、最初はどうなんだろう?と思ったけど、しばらく気にしてなくて、おっぱい飲み終わった後にげっぷさせようと思った時は、体が本当に柔らかくなってた。それぐらい満足してリラックスしてる。機嫌が良い時も、意識してみたら、だいたいぐにゃっとしてる。




あと「手足が冷たい」っていうの。これを最初意識した時も、「何か体に比べて冷たいな」と思って心配になった。それでも、時間によって全然違うし、シーツにくるまれたり、抱っこされたりしてる時は暖かい(それでも体よりは低いと思う)。お風呂から出た後は、冷たい。でもこれは体拭いたりしてる間しばらく裸にするわけだから、しょうがないと思う。




だから、一体どういう状態を基準にしてるのか、あの症状リストだけを見ると、判断しかねるし、何か不親切だな、と思ってしまう。とにかく、一日一日違うから。




思うけど、異常っていうのは本当に複合的な症状でしか判断できないんじゃないかな? 例えば、ものすごい泣いて、おっぱいも飲まず、吐いて、チアノーゼが出てるとか。それが丸1日続くとか。




たしかに心配してるし、いろんな変化を見落とさないようにしてるけど、ただ単に機嫌が悪いだけじゃないかと思う。いろんなことが初めてで、うまくいかないから。それが数時間続くなんてほとんどないし。これからもちろん1日中泣き続けることだってあるかもしれないけど、それでも様子は見るつもり。熱があるかとか観察しながら。それで明らかに異常って場合は、病院に行こうと思う。




(でもそういう「単に機嫌が悪い。そのうち治る」ってことの原因が、舌小帯にある、って言うんだよね。まあ、そうかもしれないけど、程度の問題ってないんでしょうかね? 一週間泣き続けたら危険信号とか。測りようがないから、親の判断ってことになるのかな)




舌小帯に異常がある人もいるだろうし、手術した方がいい場合もあるでしょう。でも、あまりに不透明な部分が多いので、簡単に勧められるものではないと思います。僕らは「体の色が悪い。酸素がうまく吸えてない。だからおっぱいをよく欲しがる。吸うのが下手だから乳首も痛くなる」という理由から「いいよ!舌小帯手術!早いほうがいい!とりあえず検査して!」みたいに言われて、うちの子には「検査すら必要ない」と判断しました。




だって、検査するってことはその検査自体の妥当性を認めることになるけど、わざわざ新生児連れて遠い病院まで行って、鼻から内視鏡入れるような自分でもやりたくないようなことやって、気道を確認するって言われても、乳児の気道なんて細いに決まってると思うし、扁桃腺が腫れてるとか声帯ポリープがあるとか、「喉頭偏位をともなった呼吸障害がある」なんて言われてもどうしていいか分からない。




仮に何か問題があったとしても、はっきりと症状に出ていない病巣を無理矢理発見して手術するのって、乳児に必要だと思わない。それは親の都合だと思う。胆嚢ポリープを内臓エコーで発見して「これは将来胆嚢ガンになるからすぐ切除しましょう」なんて普通言わない。だってそれがガン化するかどうかなんて分からないから、半年〜1年大きさの変化を見るし、その間本人は食事気をつけたりする。最終的なオプションとして、手術がある。




だから、検査してすぐ「これは気道が狭い。ほら、血中酸素濃度も低い。手術だ」って、なんか納得できない。(この血中酸素濃度(飽和度?)ってどうなんでしょう? 何か調べても、乳児のそれがそんなに重要なのかどうか分からない) おまけに「ご両親も顔色が悪いね。ついでに見てみましょう。ほら奥さんなんてひどい舌小帯だ。よく子供生んだね。運動辛いでしょう? 妊娠辛かったでしょう?」なんて言われたら、ああやっぱり遺伝か、と思ってしまうだろう。だけど酷い病状訴えてるわけでもなく、もしかしたら、数ヶ月後には改善されるかもしれない、「検査」しなければ見つからないような病気を「どうせ切るなら、麻酔も必要ないし、今切った方が痛みも感じなくて楽。良いことがいっぱいある」っていう理由で切るなら僕は必要ないと思う。「今見つかって良かった。未然に悪化を防ぐことができた」って思うなら、まず検査や手術のリスクを忘れてるし、自然育児を成就するために、否定する「医療データ」を信じてしまうという、訳の分からないことになる。




とりあえず検査して、それで判断すればいいじゃない?と言うかもしれないけど(妻も最初そう言ってた)、それは重篤な症状が出ている場合の話で、とりあえず元気な乳児にそんなことするのって、意味ないと思う。だって、その気道とか血中酸素濃度ってあくまでもファイバースコープやらパルスオキシメーターやらの医療機器を使って始めて発見される「異常」なわけで、視診できない「データ」なわけだ。そしてそこから発見される「異常」つまりデータを蓄積して算出された異常が真性なら、それはもっと社会的に認知されなければ妥当性を持たないと思う。だってそれは医学なのだから。




それが一方で、今は社会が古い近代医学やミルク産業の要請に縛られて、その新しい説を認めたがらないんだ、って言うんだとしたら、手術する方もされる方も「きっと自分たちの方が正しい」って言う「勘」を信じてるわけで、やっぱりそれは宗教的な踏み絵なんだと思う。それはそれでいいんだけど、何となく不安を持っている人に、その「データ」を理由に手術を勧めるなら、信じる心を科学的データ(しかもどれぐらい信用できるのか分からない)でバックアップするという、何だか説得するために使えるものは何でも使うような、都合の良い二枚舌になってるような気がするし、だから僕はここにはトリックがある、と言いたい。




検査でしか発見できない「異常」を「すぐ切る」ってことに意味があると思うなら、それは信仰だと思うから、リスクを無視して最初から信じて検査受ければいいと思う。でも、すぐ切る必要はない、3〜4ヶ月過ぎるまで様子見てみるって思うなら、検査を受ける必要すらない。それで仮に症状が悪化して4ヶ月で体の色が激変して、一週間泣き続けたなんてことがあったとしても、それはしょうがないと思う。その時だってきっと、内蔵に異常があるとか、体重が激減したとか、命に別状がなければ、静観するしかないかもしれない。もしそれで5ヶ月後でも2年後でも本当に舌小帯手術をしなければならなくなったとしても「生後1ヶ月でやっておけば良かった」なんて後悔する必要はない。だって、100%そうなるなんて分からなかったわけだし、もしかしたら改善していた可能性だってあったわけだから、その可能性に「賭ける」ことは、手術で全快する可能性に「賭ける」ことと同じだと思う。全身麻酔は死亡する可能性がある、乳児だったら無麻酔でできた、って言うんだとしても、リスクゼロなんて考えられないから、同じ賭けになると思う。生後1ヶ月で手術して、再癒着してまた手術、それでも改善しないなんて人もいるわけだから。吃音が出たら?って言うけど、出たから何?って思う。家の妻も子供の時吃音がひどかったらしいし、今も舌が短い(たぶん舌小帯短縮症だと思う。でも舌先がハートになるほどではない)けど、まったく普通に生活してる。(ただ冷え性なのと、妊娠中息が苦しかったのは確か。その時も舌小帯手術を勧められた! でも体をいつも温めて妊娠後期は改善したし、やらなくてよかったと本人も言っている) ソフトクリームなんてずいぶん上手に舐めるなあと思ってた、僕はかじるから(でも舌小帯はない)。運動だって得意で、小学生の時は長距離の方が好きだったというし、中高とテニスをハードにやっていた。英語発音も僕よりいい。花粉症でも疲れやすいわけでもない。1時間おきの授乳でも元気にやっている。いつのまにか自然に良くなったのか、慣れてしまったのか、それとも人の10倍努力してるのか分からないけど。それとは逆に手術してもハート型の舌先は治らなかったって子供もいるそうだ。




舌小帯があっても人並み以上にやれる人もいれば、舌小帯のせいでやる気がない人もいるかもしれない。健康な舌を持っていて(それこそ日本人の数パーセントだ)才能に恵まれている人もいれば、疲れやすくて話すのも苦手な人もいるかもしれない。そんな統計どこにもないし、そんな不確定なことを、0歳で心配してどうするんだ? と思う。




100人に1人か1000人に1人か、本当に重症がいて、その人は0歳で母乳も飲めず、さっぱり大きくならないとする。そうしたら、舌小帯手術も検討していいと思う。で、残りの999人だかのうち900人ぐらいは、軽度から中度の舌小帯を持っているとする。それでも母乳をぐいぐい飲める赤ちゃんが500人いて(そんないないか)、やっぱり飲むのが下手な赤ちゃんが400人いたとする。そのうちの300人がミルク育児だから気にしなくて、100人が母乳育児だから「この子おっぱい飲むのが下手」となったとする。そして、この100人だかの母乳育児の赤ちゃんの中で、手術を要するほど哺乳障害・呼吸障害がある子がどれぐらいいるのか?と調べるとする。そして判断材料の「目が合わない」(生後1ヶ月では目はたまにしか合わない)とか「肌が赤黒い」とか「抱きにくい」とか「髪の毛が抜ける」とかの症状が、ほぼ全員に当てはまったとする(新生児の生理現象としてその可能性は十分あるだろう)。その中でもいろんな要因が重なって、哺乳障害が深刻な人もいるかもしれないから、その人はとりあえず検査を受けるとしよう。では残りの全員「念のため」検査した方がいいのか? それで検査して、それが生理的なものなのか、舌小帯が原因なのか、はっきりするのだろうか?




たぶん、はっきりはしていないんだと思う。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。良くなるかもしれないし、良くならないかもしれない。




でももしかしたらそのうちの何人かは将来何らかの見えない障害、例えば呼吸が苦しいとか吃音になるとか、そういうのが出るかもしれない(それともほぼ「全員」潜在的にそういう症状を持っているのか? それは間違いなく重症化するのか? うちの妻のように何もしなくても人並みにやっていけるのは特殊なのか?)。そしてお母さんは考えるのかもしれない。「うちの子がその一人かもしれない。そうしたら呼吸が苦しくて将来他人より苦労する。だから痛くない生後1ヶ月でやった方がいい」と。それって、やっぱり親の身勝手とは言えないだろうか? それで全快する保証もないし、もしかしたら悪化するかもしれないのに。




舌小帯の手術あるいは検査を勧める人は「勧めているわけではありません。不安をあおってるわけでもありません。ただ知ってほしいのです」みたいに言う。だけど、新生児の喉を内視鏡検査したらそのほとんどの気道が「狭い」ってことになるかもしれないし、血中酸素飽和度だって哺乳中は多少落ちるのかもしれない。(実際内視鏡検査すると、舌小帯の有無にかかわらず、ほとんどの新生児に喉頭偏位をともなった呼吸障害があると某先生は言っている。つまりほぼ全員低呼吸で苦しんでいると。そして手術をすれば今まで「そのうち治る」と言われて異常と認められなかった唸りやらお腹の張りやらが治って、それを原因とする子供のイライラを取り除けると言う。みんな母乳をぐいぐい飲んですくすく育って、集中力のある出来のいい子供になる、と言うのだ。) 結局「信じるか、信じないか?」みたいなことなんだけど、それに「手術」が加わったらまるで「割礼」だと思う。やっちゃったら後は野となれ山となれ、信じるしかない。そうでなければ後悔するしかないもの。




その間に乳幼児突然死症候群になったらどうするんだ?って言われても、舌小帯を切ったからSIDSに絶対ならない、なんて保証はどこにもないだろう。中枢神経の異常なのか舌小帯で気道がふさがったのかうつ伏せで寝てたからか、その原因は分からない。手術することのリスクとSIDSのリスク、どちらを優先するかなんてできない。予測できないんだとしたら、必要のない心配には意味がない。いや「心配すること」に意味がないとは思わない。その「心配を安心に変えるために明らかな症状もない乳児にリスクのある手術をすること」には意味があるとは思えない、ということだ。


舌小帯の疑問4 [生後一ヶ月]


しかし、助産院ではこういうかもしれない。何言ってるんだ、舌小帯は産婆がやるぐらい簡単だし、無害だ、それを試すことで状況が良くなるなら、やってもいいじゃないか、と。しかし問題は、それが「手術」という医療行為であることと、どんな手術にだってリスクはある、ということだと思う。手術が哺乳障害や呼吸障害を完全に治すとは、手術をしている医者だって言ってないし、まして乳児の性格や運動能力を改善するなどという保証などどこにもない。逆に取り返しの付かないトラウマや能力低下を引き起こすかもしれないのに、そのことについては触れられないし、少なくとも僕たちが舌小帯の話をされた助産院ではその話は全くなかった。むしろ「良い事しかない。やった方がいい」ぐらいの感じだった。




羊水検査を受ける人だって適切な説明を受けなければ、信頼する医者の言う事だから、それで良い結果が出ることを「信じてる」わけで、舌小帯の手術も似たような「信仰」なんだと思う。ただ、舌小帯の方がおそらくそれほど深刻なトラブルを引き起こさないんだろう。新生児だったら3〜4ヶ月後には自然に治ってしまうかもしれないから。




しかし、だからこそ、何か僕らが「安易に、しかもかなり積極的に検査と手術を勧められた」ことは大きな問題だと思う。さらにそれが助産師の「善意」から来ているのだとすれば、なおさら改められなければならない。なぜなら、妻は「検査を受ければはっきりすると思った」と言ったけど、それが本当に必要かそうでないかを判断するのは助産師の役目だし、医療的な判断は善意と関係ないから。もしあいまいなら、そのあいまいさも含めて話を進めるべきだった。(しかしたぶん、突っ込まれたらあの助産師だって確信はないだろう。でも確信がないなら勧めるべきではない) 医者なり助産師なりのプロフェッショナルな人が何らかの検査なり手術を「勧める」ことの持つ危うさは認識されていいし、問題はそこなんだと思う。だから出生前診断だって、医者から積極的に勧めることはないだろう。そしてうちの子供の場合は、総合的に判断すれば、素人目からも舌小帯の検査を勧められるような状態ではなかったと思うし、仮にその疑いがあると助産師に思えたとしても、もっとリスクを含めた上で話をするべきだった。そうすればその場で疑問も聞けたし、どの程度から手術が必要なのかそうでないのか、はっきりしたと思う。「はっきりした問題があって」検査を勧められたなら僕たちも受診しただろう。そして今回は「はっきりした問題はない」と僕が判断したから、検査を拒否した。何かあいまいなまま、しかも断定的に検査を勧められて、もし不透明なまま検査を受けたら、僕らの不安が逆に大きくなる可能性もある。そういう心配をせずに勧めたのなら、やはり舌小帯手術を盲信しているといわざるを得ない。(いい加減に測った血中酸素濃度の数値88を、医者に伝えろと言ったこともおかしい) 本当、自然育児を勧める助産院なら、「これぐらい大丈夫だよ。おっぱい飲んで体重も1kg増えたし、体の色だって母乳性黄疸だから、気にしなくていいよ」ってなぜ言えなかったのか不思議でならない。自分たちも舌小帯の手術をしたから、それを主観的に「いいことだよ!」って勧めたなら、医療関係のプロフェッショナルとしてあまりに客観性に欠けるし、それは不信に繋がらざるを得ない。




「新生児の舌小帯の手術は安易に進めるべきではない。哺乳がまったくできず、体重増加もなく、舌小帯癒着が明らかに視診できる場合、医療機関への診察を勧める」ということが、周知されなければならないと思う。もし、血中酸素濃度とか皮膚の色とかが舌小帯異常および呼吸障害と関係し、それが深刻な身体機能の障害を招くなら、それは大きな問題になるだろう。「大きな問題にならないのは、近代医学の古い慣習に縛られているからだ」とか言われても、学術的に証明されなければ、それは単なる「信仰」でしかない。信仰は自由だが、問題なのはそれを助産院や病院で安易に「布教」することだ。なぜなら「信仰」と「医療行為」は別なのだから。医者が本気で舌小帯異常と呼吸障害の関連を指摘するなら、ただ手術数を増やすだけでなく、医学的な根拠を証明するように努力すべきだ。本気で人類の未来を憂うなら、医学的に証明し、早急に新生児の検査項目に入れるべきだろう。「学会は分かってない」とか「近代医学が古い」とかのプロパガンダは、医者というより宗教家の説教だし、医学には不要な主観的な言葉であり、ただ不信感を招くだけだろう。


舌小帯の疑問3 [生後一ヶ月]


だから僕は思ったのだ。これはこの舌小帯問題(僕らにとっての)は全否定しなければならない、と。だって、そうでなければ、これから子供が大きくなって、地黒だったら「やっぱり色黒いのは呼吸に問題があったからかな?」とか、悲鳴を上げる度に「舌小帯のせいでいらいらしてるのか?」とか、何の根拠もないことで悩まなければいけないからだ。




これから子供が成長するにつれ、何かおかしなところが出てくる可能性は全くゼロではない。だけど、今現在「おっぱいを何とか飲んで、体重が増えている」ということを目安にし、高熱が続くとかぐったりしているとか便が白いとか(それらは医学的に根拠のあることだ)を気にする以外に、何か異常を予測する方法があるのだろうか? 例えば新生児黄疸のように、ある一定の基準値を超えれば核黄疸になって脳障害が出るとか言うなら話は別だし、それはだからこそきちんと新生児の検査項目に入っている。しかし、僕らの場合のように、血中酸素濃度が低くて、肌の色が悪いという理由だけで、内視鏡で気道を検査しようとか、全く間違っていると思う。どう間違っているのかと言うと、「分かりました。検査をします」と受け入れた時点で、「その結果次第では、手術を受ける」と宣言しているわけで、その検査自体の妥当性は認めていることになる。僕もずっと助産院を信じてきたわけで、そこでそれを一瞬受け入れてしまった。しかしそんなことを鵜呑みするのはおかしなことではないか? 




自然育児の人は、出生前の羊水検査とかとんでもないと言うだろう。倫理的な問題もあるけど、もしかしたら正常な胎児を異常と判断してしまうかもとか、検査のせいで流産してしまうかもというリスクの問題があるから、やる意味はない、と考えているはずだ。病院で勧められたら迷わず No と言うだろう。




しかし、この出生前診断だって、かつては病院から話があったのではないだろうか? そして近代医療を「信じている」人はどう思うだろうか? リスクがないかのように勧められたら、「分かりました。とりあえず検査だけ受けてみます」と言ってしまうのではないだろうか? そしていたずらに不安だけが増大するのではないだろうか? だから病院で出生前診断を積極的に勧めることは現在やらないだろう。そしてそのリスクは周知のものになっているからこそ、僕たちだって No と即答できるのだ。




それに比べて助産院での舌小帯の手術はあまりに安易に勧められていると言えないだろうか? 呼吸がしっかりできていないから、あるいは母乳をきちんと吸わないから舌小帯を切った方がいいよ、と。助産院を「信じている」人は、そのための手術には同意する。なぜか「リスク」のことが忘れられてしまう。




しかし、この母乳を問題なく吸う「完璧な」あかちゃんにしようとして、そのためのリスクが見えなくなってしまう、というこの状態って、「自然」なのだろうか?




これは逆転した優生思想と言えないだろうか? 自然育児でもオーガニックでも、「私は間違ったことをしていないから、素晴らしい結果しか出ない」と思い込んでいると、ある部分で盲目的になって、批判力を失ってしまう。「うちの子」は助産院の指導で、安産だった、おっぱいも良く出る、きっと何の問題もなく、すくすく育ってくれるはずだ、だってこの子は「自然」の力で育っているのだから、問題があるのはいつだって、添加物を食べたり不規則な生活を送ってる人だ、うちの子はそんな人の子供とは違う、母乳だってしっかり飲むし、いらいらしたり、泣きわめいたりしない、そんなことがあるはずはない、と思っているお母さんの子供が、母乳も飲まず、泣きわめいたらどうなる? そこで舌小帯の手術を勧めるということは、「私たちの言うことをやっていれば赤ちゃんは必ずすごくいい子に育つ」という過信が助産院にあるのかもしれない。あるいは「そう育たなければならないし、そう育つはずだ」という強制。助産院で生んだって、出来の悪い子は悪いだろうし、おっぱい飲める子だって飲めない子だっているはずなのに。助産院で生むかどうかは、あくまで両親に関係したことで、生まれた子供へ影響あるかどうかなんて、証明できるものではないだろう。「この子が良い子なのは、助産院で自然分娩したからかもしれないね〜」ぐらいに気楽に考えておかないと、泣き止まないとそれを過剰に「異常」と思ってみたり、帝王切開で生まれた子供を何か不完全な人間と見るような差別観に繋がるだろう。


舌小帯の疑問2 [生後一ヶ月]


とにかくこの手術にはトリックがある。それは一度疑い出すと、そうではないか?と思い込むし、手術しましょうと言われれば、その方がいいのでは?と思い込んでしまうような内容ということだ。そしてそれを示す客観的なデータはないから舌小帯の手術は間違っている、というと「それは近代医学の悪いところだ。なんでもかんでもデータ。実際昔は日常的に行われていたし、今でもこれだけ改善されているじゃない! 舌小帯と呼吸障害は関係がないって言うなら、そのデータとその治療法がありますか?」と反論してくるだろう。




それはそうなのだ。近代医学のデータだって、全部が正しいわけじゃないし、最後はそのデータを「信用」するかしないかの問題になる。だから、インフォームドコンセントがあって、それに患者が同意しなければならない。しかしその同意を取り付けるために、医療の場合は客観的データがあるのに対して、舌小帯手術の場合は、信じるも信じないもあなたの自由みたいなところがあって、施術する側があまりに責任を負わないところだ。(治らないのはあなたがこの手術を信じていないからだ、と言われそうな感じだ)




これは一種の踏み絵なんだと思う。この手術を受けるのも受けないのもあなたの自由です、でもこれをやれば、おっぱいがよく飲めて、呼吸も楽になり、将来集中力がつきます。昔はみんなそうでした。それが自然だったのです。どうしますか? と問われるわけだ。




そして、それを否定するとあたかも「あなたは結局近代医学を信じて、民間伝承の力、自然の力を信じないのですね」というようなプレッシャーを感じてしまうところがある。それは、自然育児をしたいと思っている人ほど、強く感じるだろう。




もちろん助産院で生むか、病院で生むかを選ぶことだって一種の踏み絵だし、予防接種だってそうだ。しかし、問題にしたいことは舌小帯手術というのはある意味取り返しのつかない「手術」ということなのに、それを助産師がおざなりにしていることだと思う。昔産婆さんが自分でやってた、それぐらい簡単って言うことを根拠にしていても、それで何のトラブルもなかったってことの保証にはならないし、むしろ弊害があった可能性だってないわけではない。それをないがしろにして、あたかも手術を受けたら良くなることを信じて、毎日再癒着しないように努力しなければだめだ、みたいに言うのって、自然、自然って言いながら、不自然な医療の力に頼って、それで母乳育児を続けるって言う、本末転倒の事態になってると思う。何だか、この子のためと言いながら、「完璧に自然に育てる親とその子供」っていう自分のイメージを完成させるために、身勝手な「賭け」に子供を巻き添えにしていないだろうか?




僕は別に舌小帯手術を否定しているわけではない。どの医者だって、舌小帯短縮症や舌癒着症を認識していて、重度の場合は手術を勧めるだろう。助産院だって、軽度の場合は何も言わないところもあるだろうし、本当に問題があれば、手術した方がいいだろう。




しかし、今回の僕たちのように、赤ちゃんが母乳も苦労しながらも飲んで、体重が増えているにもかかわらず、「体の色が悪いから、呼吸障害がある。乳首も痛くなる」ということを理由に、検査や手術を勧められることは「間違っている」ということだ。こういうケースって以外に多いのではないだろうか? 例えば、助産院で出産して、すっかり助産師と「自然な」出産を信じてしまい、一ヶ月検診とかで「より完璧な母乳育児」を勧められるがままに舌小帯の手術を受けてしまう。それで見違えるように哺乳が改善されたとかならいいけど(そう言う人は大声で舌小帯手術を勧めるだろう)、逆に悪化して、それなのに「まだ時間がかかる」とか「もしかしたらアデノイドかな、扁桃腺かな」とか「あなたのおっぱいに問題があるのかも」とか「再癒着した。あなたがちゃんと毎日手入れしていなかったせいだ」とか言われながら、「大丈夫、信じていれば良くなる」とか自分に言い聞かせて、3〜4ヶ月経ってからすっかり良くなって「やっぱり舌小帯の手術受けて良かった!」とか思っている人はいないのだろうか? だいたい生後1ヶ月の乳児が3ヶ月後にしっかりおっぱいを飲めるようになるとか、肌の色がよくなるとか、うなるのがなくなるとか、おならが減るとか、普通にあるのではないか? そしてそういう変化に対しても例えば舌小帯手術推進派はこういうかもしれない。「肌の色はまあよくなったかもしれないし、唸りもなくなったかもしれない。でもまだ舌小帯癒着はわずかに残ってる。おっぱい飲む時『きい〜』って悲鳴上げない?この子は落ち着きのない子になる。切れば治るよ。うちにはそういう症例がたくさんある」とか。


舌小帯の疑問 [生後一ヶ月]


また舌小帯を調べてとうとう腑に落ちない理由が分かった。どうも○○という医者は宗教関係者っぽいのだ。そしてその○○を推奨するK大学の何とかっていう医者もブログでやたら○○を褒めそやして「舌小帯と呼吸障害の関連は、新しい世界を開く、チャレンジングでわくわくすることだ」みたいに書いて、「育児の百科」とかに書いてある「時間が経てば直る」と言う考えを、「古い」と批判している。それは気が付かれていないだけで、舌小帯の障害は哺乳障害から形を変えて、短気とか集中力がないとかだるいとかいう気質になってその人に残るとか言ってる。そして「前世」がどうのこうのとか言ってる。




別に本当に宗教団体じゃなくても、間違いなくある種の宗教だろう。僕が何か腹が立ったのは、そうやって舌小帯の手術を受けている人が皆、母乳育児で自然に子供を育てたいとかマクロビオティックをやっていたりとか、いわゆる真面目なお母さんが多いということだ。そういう人が、舌小帯の手術が昔は産婆さんによって普通に行われていた安全な手術だ、粉ミルクを勧めるために学術的に否定されただけだ、もっと昔の知恵を信じようみたいに、盲目的にメスを入れてしまうことだ。




これは問題なのではないか? 僕も舌小帯を全否定するわけではないし、そういう考え方があってもよいだろう。彼女にもその話をしたら「ミルク育児が全盛の時に、母乳で育てようってがんばっていた人もいた。舌小帯を切るのが必要な場合だってある」と言う。でも、それは1000人に1人ぐらいの話だし、それほどひどい症状だったら医者だって勧めるだろう。また、本当に症状が重く、切除して良かったという赤ちゃんもいるかもしれない。問題は、助産師が僕たちに「いいわよ、舌小帯の手術」みたいに軽く、手術のリスクがあたかもないように勧めることだ。昔はみんなそうだった、悪いはずはない、と思って切れば、手術を受けた人は「良かった事」と思い込もうとするだろう。だから、ささいなことでも改善されたと思うし、多少のマイナス面には眼をつぶる(あるいは見ないようにする)かもしれない。舌小帯を勧めるサイトでは「効果が出るのは一ヶ月、1年後の人もいます。必ずしもはっきりとした効果が出て、全てが良くなる訳ではありません。この手術を通じた出会いへの感謝、必ず良くなるという気持ちが大切です」とか訳分からないことが書いてある。こういうのをなぜうさんくさいと思わないのだろう? 手術のリスクをなぜ考えないのだろう? 再癒着したとか、夜泣きが直らないとか、手術直後は湿疹が消えたのにまた出たとか、人見知りが異様に激しくなったとか、効果があったのかなかったのかよく分からないけど、動きが機敏になったような「気がする」とか、ハート形の舌先は治らないとか、たくさんいる。だいたい、4ヶ月過ぎると全身麻酔だから、早ければ早い方がいい、という勧め方もおかしい。


舌小帯じゃない! [生後一ヶ月]


早朝、うちの子供は起きている。手足を動かして、楽しそうに窓の方を見ている。昨日の夜はおっぱいをたくさん飲んで満足したんだ。昨日一日、こんな風に1人で遊ぶようなことはなかった。その姿を見てふと思った。




「うちの子供がおかしいはずがない」




舌小帯また調べる。結局、どうも手術で全然よくならない人とかもいるし、「良くなった」という人も、おっぱいをよく吸うようになったというのは良いとして、肌の色が手術直後にピンク色になったとか、髪の毛が逆立ってたのが直ったとか、それが健康とどう関係があるのか?というどうでもいいことで安心している感じがある。しかもだいたい予後のことが手術直後とか一ヶ月後とかの短い期間しかなく、呼吸障害との関係についてはうさんくさい○○診療所以外、ほとんど書いてない。それで、舌小帯手術を勧める人は、小児学会を「古い考えに縛られている」とか「間違ってるとする根拠がない。こちらは1000件を超す症例が実証している」みたいに言ってるし、手術を受けた人も「○○先生はすばらしい。子供も性格が明るくなった」とか何かまったく客観性にかけて宗教っぽい感じがする。もうこれは絶対に止めた方がいいと確信する。




彼女にそのことを伝えると、「呼吸に問題がなければいいと思ってるし、手術しなくていいならしたくない。気になるのは経験豊富な助産師さんが肌の色がよくないって言ったことで、それでもし呼吸に問題があったら心配だから、一応検査して見てもらえば安心かなと思った」みたいに言う。だから僕は




そうじゃないんだよ。うちの子供はどこも悪くないし、肌の色から舌小帯を判断することなんてできない。検査だって鼻から内視鏡入れてやる。そんなことわざわざやって、「ほら、気道がふさがってる」とか言われたらどうするの? 血中酸素だって、助産院が言った88って数字は異常に低い。91だって舌小帯を持った赤ちゃんの数値だから、絶対手術した方が良いって言われるよ。今日の午後たまたま空いてるから今日やりましょう、って言われるかもしれない。だいたい、内視鏡で呼吸障害が分かるなら、みんなそうするし、小児科でだってやるはずだ。血中酸素濃度だって、黄疸と一緒で、ちゃんと検査項目に入るはずだよ。それがないってのは、何か根拠のない、必要のないことだってことだよ。だから僕は、最初にうちの子供にケチ付けられたような気がしたって言ったけど、本当にそうだよ。うちの子供はどこも悪くないのに、色がおかしい検査しろって言われて、必要のない心配をしたんだ。もうこのことはなかったことにして、今まで通りに育てればいい、




と言った。彼女も分かった、と言う。


おっぱいあげ過ぎ? [生後一ヶ月]


朝起きてぐずったけど、僕があやして寝かしつける。お腹がパンパンというのが、妻がいつもすぐにおっぱいをあげるので、飲み過ぎて苦しくなって、ますます泣き叫んでおっぱいを欲しがるようになっているんだと思い、もしあやして満足するなら、それで状態は少し変わるのではないか?と考えたからだ。それで2回ほどうまくいった。寝かしつけてしばらくすると起きるから、その時おっぱいをあげれば2時間ぐらい空くことになる。「今日は泣いたらとりあえず僕があやすから」ということにする。夜、おっぱいをあげた直後5分ぐらいして泣き出した。お腹はパンパンだ。ここでまたあげたらますます苦しくなるに違いない。それでまた泣くだろう。僕があやす。全然泣き止まない。「だめだよおっぱいあげちゃ、これは苦しくて泣いてるんだから」と言って歌うたったりしてあやす。全然泣き止むどころか、烈火のごとく泣き出す。こんなに長い時間大声で泣いたのは初めてだ。それで彼女は横でうろうろしている。そのうち涙をこぼして泣き出した。「かわいそう、、、おっぱいあげていい?」と聞く。僕ももうだめだと思い、おっぱいをあげる。途端に泣き止む。こんなの何かおかしい、、、。「もういいよ、母乳はほしがるだけあげていいって言うんだから、もうやめよう」ということになった。その夜、うちの子供は1時間おきぐらいにおっぱいを飲んだ。


舌小帯なの? [生後一ヶ月]


トイザラスでバウンサーと斜めピローとおもちゃ買う。モスバーガーでハンバーガーポテト買う。帰ってピロー試す。なかなか良い。バウンサーはあまり効果なし。8時に子供風呂入れる。彼女眠そう。9時に泣いたのであやすがだめ。彼女添い乳する。僕は2階で舌小帯調べる。日記書く。12時45分下に降りる。彼女、子供におっぱい上げている。その間、舌癒着症の話をする。何となく、納得いかないからだ。彼女は「呼吸に問題なければいい」と言う。僕もそう思う。でも、今日の助産師さんの話だと、唸るとか、おならとか、腹が張っているとか、それが全て舌癒着症に結び付けれらていたし、「泣いたときの肌の色が良くない。青いの通り越して赤黒くなってる」ということで、これは舌小帯が原因で、呼吸がうまくできてないんだと思う、みたいに言われた。




しかし、まず「唸る、腹が張る」とか言うのは、とりあえずゲップをしっかりさせてみる、というので解決できそうだし、ただ単にゲップをきちんとさせていなかったから、唸っていたのかもしれない。




問題は、その「肌が赤黒い」ということだ。酸素が行き渡っていないから、赤黒くなる。本当にそうなのか? 本当にこのままなのか? と思う。視診で分かるものなのか? 何だか、まあ、調べてみれば分かるんだろうけど、どうも、いきなり断言されたような感じで、気分がよくない。


舌小帯疑惑 [生後一ヶ月]


1ヶ月検診。成長も順調で、体重は1kg増えて、身長は51.4cmになっていた。助産師さんに「かわいい」と言われる。ただ、しばらくして、泣き叫んだ時に助産師の1人が「体の色悪いね」と言う。(その断定的な口調にちょっとかちんときた。その前も、「美人さんだね。女の子かと思った」という言い方にも何となく嫌みな感じがあった) 彼女が「やっぱり良くないですか?黒いですよね?」みたいに言うと、「良くないよね、チアノーゼだと紫色っぽくなるけど、それ通り越して赤黒くなってるっていうか、、、」みたいに言う。ぎょっとした。そんなひどいの?と思う。「舌は出てるけど、舌小帯があって呼吸が苦しいのかも」と言う。その後は、「おっぱい痛いでしょう? おっぱいよく欲しがるでしょう? やっぱりね、じゃあそうかもね、家の子もそうだったから」と皮膚から何か数値(血中酸素濃度)を取って、「低いね」みたいに言う。その助産師さんの子供は、手術をしたら途端に肌の色もピンクになって、おっぱいの吸いも楽になったと言っていた。よく唸るし、苦しそうなのも、舌小帯のせいでおっぱい吸う時に一緒に空気もたくさん吸ってしまうせいだ、と言う。おならが出るのもそのせいだ、と言う。彼女も「何か心配だったことの理由が分かった」みたいに同意している。先生も来たけど、いきなり「うわ、お腹パンパンじゃない」という。それで助産師の話を聞いて「うーん、まあ手術必要かどうかは微妙だけど、その泣き声はそうだね。喉やられないように、気をつけて。おっぱいよく欲しがるのも、舌の上に何か乗せてた方が、呼吸が楽だからなんだよね」と言う。そして「あれ、この装置の付け方違うよ。これだとちゃんと測れない」とか言って足に付けた酸素濃度を測る装置を見ている。それなのに、しばらくしておっぱい吸いながら泣いた時の数値を見て「88ってのは合ってると思うよ」と言う。それで結局某耳鼻咽喉科に一度診察してもらうことにして、その時「数値は88です、と言って」と言われる。




それで、今ネットでいろいろ調べたけど、まず唸りはよくあるし、皆悩んでいるようだ。おっぱいの吸いがへたなのは、最初はしょうがないみたい。中枢神経が発達していないから「満腹感」がない。だから、おっぱいをあげれば、あげるほど飲んでしまうし、欲しがるから、飲み過ぎてお腹がぱんぱんなのではないだろうか? 空気だってそれだけ多く飲んでしまうだろう。母乳だとたしかに空気を飲むことは少ないらしいが、それを舌小帯に全て結び付けるのは違うような気がする。実際手術しても何も変わらなかった人もいる。舌小帯短縮症は月齢がたつに従って改善されるし、哺乳とも無呼吸症候群とも関係ない、問題なのは発音の方だから、それは4歳ぐらいまで待てばいい、と小児学会では言っているらしい。




たしかに、うちの子供は軽度の舌小帯なのかもしれない。でも、げっぷを10分ぐらいかけてきちんとしてあげて、これからだんだん満腹感を覚えてくれば、変わるのではないか?という気がする。


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