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セミパラチンスク核実験場 [原発事故]

チェルノブイリ以前の核実験がこんなにひどかったとは知らなかった。

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セミパラチンスク核実験場では1949年から1989年の40年間に合計456回の核実験が行われ、周辺の村を高濃度に汚染した。

核実験のエネルギー総量は、広島型原爆の約1,100発分、長崎型の約750発分に相当する。

環境に放出された放射性物質は、チェルノブイリ原発事故の5000倍といわれている。

住民の多くが今も循環器系疾患、甲状腺疾患、がん、異常出産、免疫不全、貧血症などの病気に苦しんでいる。村に残っているのは老人と貧しい人たちのみで、子どもの80%が春先になると鼻血をだすという村もある。自殺者も多い。

そのうちもっとも汚染のひどい村で推定被ばく線量は1〜1.5 Sv(1000mSv〜1500mSv)になる。

広島原爆の場合、爆心地から1.3kmで1000mSv。

福島原発事故の福島県の甲状腺被ばくだけ見ると、放医研は「推計」で、

「最も高い飯舘村の1歳児でも9割は30ミリシーベルト以下」と言っていますが、

「甲状腺被曝は30ミリ以下」 原発事故巡り放医研推計(朝日新聞2013年1月27日19時22分)

東京の被ばく量は、

3/15の一日で、外部被ばく、セシウム、ヨウ素内部被ばく含めて1mSv

(小出さんの大気サンプリング分析。ただし他核種のサブマージョン被ばくは不明)

アメリカ国防省のデータ「米国防省発表 地域別放射線積算量」(2011年3月12日から2011年5月11日までの60日間24時間屋外にいた場合の甲状腺被ばく量。屋内の場合は0.4をかける)だと、

新生児甲状腺被ばく 12mSv
大人甲状腺被ばく 5.2mSv

福島はずいぶん低く見積もられているようだし、全身の被ばく量と甲状腺被ばく量を単純に比べることはできないかもしれないが、

福島でもセミパラチンスクの30分の1だ、東京だったら400分の1から100分の1だから良かった、なんて思うだろうか?

それよりも普通は「0」なものを、数千倍、数万倍吸い込んで、他にどれだけの核種吸い込んだかなんて分からないってことの方が大問題だろう。

少なくとも、さらにその100倍吸い込んだら、セミパラチンスク周辺の村と同じような健康被害を引き起こすを、吸い込んでしまったのは間違いないわけだし、逆に被ばくした人間の総数は東京の方が多いだろう。それを「100分の1だから安全だ」と考えるのか、「通常の数万倍も吸い込んだんだから、これは危険だ」と認識するか。

それにしても、核開発など本当に馬鹿げている。

例えば、
1953年8月12日、初めての水爆実験が行われ、カイナール村の村人たちは、 全員避難させられることになった。しかし、実験の2日前、村にやってきた軍人たちは、42人の男たちに「重要な任務があるから村に残れ」と 命令した。実験の当日に42人の男たちは近くの山に連れて行かれ、爆発の光を見せられた。 そのうち40人がガンや白血病で亡くなり、1人は自殺した。
しかし、ソビエト政府は住民たちの健康被害が放射能汚染によるものだとは認めず、食事や公衆衛生、気候、工場からの粉じんや大気汚染の問題だとしてきた。さらにカザフスタンの人々には遺伝子に異常があるとさえ主張した。

いずれにせよ、チェルノブイリよりもひどいセミパラチンスクの被害ですら隠蔽されたのだから、福島原発事故の健康被害を「ないものにする」ことなど訳ないと原子力関係者は踏んでいるのだろう。

まあ旧ソビエトのようにはいかないと思うが。

以下、セミパラチンスク関係まとめ。

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「セミパラチンスク」森住卓

セミパラチンスク地区住民の核実験体験ー『広島平和科学』30 (2008)

セミパラチンスク核実験場は、旧ソビエト連邦のかつての主要な核実験場である。カザフ共和国(現カザフスタン)の北東部、セメイの西方150kmの草原地帯にあり、面積は約18,000km²(四国の面積にほぼ等しい)。

1949年から1989年の40年間に合計456回の核実験に使用された。1991年8月29日に正式に閉鎖された。

市民の被曝による影響はソ連政府によって隠蔽され、1991年の実験場の閉鎖間際まで明らかにされることはなかった。

実験回数は地上25回、空中86回、地下345回。部分的核実験禁止条約が調印された1963年以降の全ての核実験は地下核実験である。

核実験のエネルギー総量は、広島型原爆の約1,100発分、長崎型の約750発分に相当する。

環境に放出された放射性物質は、チェルノブイリ原発事故の5000倍といわれている。

結果、核実験場を中心とする広い範囲で多くの住民が被曝し、がんや異常出産が相次ぐなど被害が深刻化した。

その数は、カザフスタン共和国政府によれば、160万人ともされ、1990年代末では、死亡や(旧ソ連崩壊に伴う)人口流出により約120万人の被害者がカザフスタンに住むとされる。

1992年には、周辺住民を救済する「核実験被害市民の社会保護法」が成立、翌93年に発効した。被爆者は無料で診察や検査を受けられる。

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核実験場の北にあるドロン村は何度も高線量の放射能にさらされた。とくに一九四九年の最初の核実験と一九五三年のはじめての水爆実験、そして地下核実験の放射能漏れ事故などで、いまも高汚染地域になっている。

被曝検査の結果では、チェルノブイリ事故のとき処理に駆り出された兵士より、この村の被曝量は三倍も多かった

最大規模の全実効線量を合計するとドロン村で1.3 Sv。

村の人口は2012年で500人。住民の多くが病気を抱える。心臓病、高血圧、循環器系障害、甲状腺疾患、がんなど。

全体として [原発事故]

反原発系のブログを攻撃している人が、「俺は『全体として』子供を守っている」と書いていた。

子供を守るのに、「全体として」も何もないだろうと思うのだが、その奇妙な言い方の中に本音が出ている。

「全体として守られる」のはおそらく「日本の子供」であり、そのために犠牲になる個々の子供がいるかもしれないが、その犠牲を受忍するのが、日本国民としての義務だ、とでも言いたいのだろう。

その観点からすれば、「自分の子供」や「個々の命」を守ろうとする反原発派は、「利己的」で「わがまま」で「自分のことしか考えてない」、国家にとって邪魔な存在と映る。

そこで彼らなりの「正義」を貫くために、その「エゴ」を罵倒する。

一見気違いじみたストーカー行為に見えるが、彼ら自身は「善い行い」をしているつもりなのだ。


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