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「日本はダメになる」 [雑感]

「日本はダメになる」

そうネット上で断言する人たちがいるのだが、その中でも「海外在住の人」が多いことに驚く。日本国外に住んでるんだから、その国の言語でその国のコミュニティーで生きればいいと思うのだが、一体どういう動機でわざわざ日本語でそんなことを書くのだろう?

EUも英語圏の国も「移住」のハードルが低いから移住それ自体にはあんまり価値がなくて、移住先で「どう暮らすか?」っていう、言ってみれば「主体性」の方が問題にされると思う。そこで「主体的な生活」を目指そうと思ったらそのコミュニティーとの付き合いが重要になって、その時「俺は自分の国が嫌いだ」とか「俺の国はおかしい」とかどうでも良いだろう。

ドイツに住むイギリス人とかオーストラリアに住むオランダ人とかアメリカに住むオーストラリア人とか、今まで出会った人のこと思い出してみるとみんな「母国のこんなところが素晴らしい」とも言う。「より良い生活」を求めて移住してきたわけだから、別に自分の住んでる国が「嫌い」なわけではない。母国は母国、居住国は居住国なんだ。難民でもない限り先進国から来て「自分の国のここがひどい」とか自国の悪口言って喜んでる移住者って日本人ぐらいじゃないか?

海外で幸せそうに暮らしているように見える人が、「何となく思い付きで」などというレベルではなく、「もう我慢ならない」という感じで、日本語で日本人に対してある種「警告」か「予言」めいた発言をするのだから、そこでスッキリする何かが心の奥底にあるのだと思う。

同じ境遇にある「在外日本人」たちがその「ダメな母国」に対するネガティブな思いをネット上で「あるあるネタ」として共有して笑い飛ばそうというエンターテインメントなんだろうか? 「ダメな日本」に住む「自分と同じように才能のある人間を救い出したい」という老婆心なのだろうか? それともただ「ダメな国のバカな日本人を見下して」そんなダメなところからとっとと離脱した自分の先見性と現在の幸福を再確認したいのだろうか?

いずれにせよ仮想空間上に日々繰り広げられるそれらの「表現」は、その欲望自体が当の「ダメな日本」に生まれ育ったことによって彼らの心に培われたものなのだと思う。彼/彼女たちはその「ダメな国」から逃げ出したのだが、移住先でも心にはいつまでもその「ダメさ」が付きまとって来る。だからその「攻撃対象」は欲望の源である「日本」へと回帰する。「親の願望」によって突き動かされたエゴが抱える「親への恨み」は、「親への復讐」でしか解消されない。母語を使った母国への「憂い」「憐憫」「侮蔑」は、母国よりはその母語を使う「公衆」へと向かっている。

そうやって「ダメな国に住む人たち」に自分の洞察を見せびらかすことによってその「病」は「治癒」される。

彼らは「国際派」と称するのだが、その表現方法は「こらえ性がない」という日本人の特性をよく示していて、それゆえ彼らは日本から「逃げたつもり」でそこに「永遠に囚われる」。

日本はたしかに「ダメ」だとは思う。その点については同意する。だけど「ダメだ」と認識することと「ダメなものを変える」という行動は分けて考えなければならない。その人の「認識」と主体的「表現」とは全く別な問題なのだ。「認識すなわち即表現」というのは「神」にのみに属し、それが人間にも可能だと考えることができるのは「子供の妄想」になる。「こらえ性がない」のは幼児の特徴でもあり、だから日本人は幼児的と言われる。消費者が商品を買えば何か願望が達成されるのに似て、日本人は日本の悪口を言えば日本が良くなるとでも思っているのだろうか? (それとは逆に日本を無批判にほめそやす何とかと呼ばれる人たちもいる)



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