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妊娠中の女子の被ばく [原発事故]

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歯医者に行ったらレントゲン室に「注意書き」が書いてある。

原発事故前だったらそんなの気にも留めなかっただろうし、その数字に何の意味があるのかも分からなかっただろう。

「一回で0.03mSv(30マイクロシーベルト)、、、年間○ミリシーベルト以下に抑えること、、、」など。

よく覚えてないので、ちょっと調べてみる。

電離放射線障害防止規則というのがあって、その第3条に、
外部放射線に係る線量については、実効線量が3月あたり1.3mSv(年間5.2mSv=0.6μSv/時)を超える恐れのある区域を管理区域と定めること
管理区域の標識とX線装置の取り扱い注意を箇条書きにした掲示板を見やすい場所に掲示すること
とある。

医療法施行規則 第30条の13にも、
病院又は診療所の管理者は、目につきやすい場所に放射線障害の防止に必要な注意事項を掲示しなければなりません
つまり、被ばく限度も決まってるし、そういう注意書きを掲げることも義務づけられてるわけだ。

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とにかく放射能管理はがんじがらめに徹底されていて、今のように日本中で「放射能たいしたことない!」なんてやってる状況からすれば、まるで「放射能コワイコワイ病」なのだ。

何言ってるんだ、と思う。

放射能は「コワイ」から、こうやって厳密に規制されてきたんじゃないか。

また、

「医療法施行規則第30条の18」には、放射線診療従事者に係わる実効線量限度が次のように定められている。

1)5年毎に100ミリシーベルト
2)年間50ミリシーベルト
3)女子(妊娠する可能性がない者は除く)については3カ月で5ミリシーベルト
4)妊娠中である女子については妊娠中1ミリシーベルト

5年100ミリということは年間20mSvだから、これが基準になって一般公衆の「現存被ばく状況」における「上限」が20mSvに設定されたのだろうか?

だとすると、一般人は大人も子供も、「放射線作業従事者」と同じってことだ。

しかし、待てよ。じゃあ「妊娠する可能性のある女子」の3ヶ月5ミリシーベルトや「妊娠している女性」の1ミリシーベルトはどうなる?

これ「妊娠中」って妊娠期間中10ヶ月の被ばく限度ってことだろうか?

いずれにしても、問題はなぜ「妊娠中の女子」に別に被ばく限度を設定しているのか、ということだ。

考えてみる。

これは「放射線診療従事者」の「労働環境」の話であって、そんな場所に「子供」が長時間滞在するなんてことはあり得ない。

だけど、その労働者が「妊娠している女性」であれば、その被ばく環境下に「胎児」つまり「子供」が一緒に入って来てしまう

だから、その「子供への危険性」を認識しているから、こうして「妊婦」を別枠にしているのであり、この法律は「子供」に対するものであると言っていい。

間接的に、「子供の方が放射能感受性が高い」と法律に書いてあるのだ。

それなのに、そういう話が全然出てこない。

だれも「妊婦」や「胎児」の被ばくについて言わない。

低線量被ばくの影響は科学的に証明されていない、なんて言ってるけど、証明も何も、こうして法律にするぐらい、医者も学者もみんなその危険性を「分かっている」んじゃないか。

それなのに、原発事故が起きてからは絶対にそのことに「触れない」。情報も流れない。

「世界は変わってしまった」にもかかわらず、人々はまるで原発事故なんてなかったかのように楽しく暮らし始める。

だけど、恐ろしいのは、その自分の「享楽」のツケが、将来子供の「不健康」によって払わされるかもしれないということなのだ。





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コメント 2

まいまい

おっしゃる通りですね。
3.11後は、日本中が、胎児も幼児も妊婦も全て、
原子炉のそばで働いているのと同じ環境になってしまいました。
(内部被曝のことを考えると、ある意味、それ以上に危険。。。)

原発事故前の基準値は、「子どもの健康を守るため」という
名目がありましたが、原発事故で、それは完全にただの建前で、
20mSvというのは、単に"自分たちを法律違反にしないための数字"
だということがよく分かります。

そして、これほどはっきり、体制側のエゴが暴露されているのに、
(マスゴミがグルになっているとはいえ)
気がつかない、危機感を持たない人があまりに多いですね。
権力者にとっては、理想郷なんでしょうけど。
by まいまい (2012-11-08 05:55) 

colin

国のあり方、国民のあり方が根源的に問いただされている。でも、その過酷さを直視したら、生きて行くのが嫌になってしまう。そういう主体性の「弱さ」のようなものが露呈しているのかもしれません。

そして国はその弱さにつけ込んで、自分たちの利益のためにやりたい放題やる。

「しょうがない」で済まされることではない。しかし「じゃあどうすればいいんだ?」と堂々巡りしてしまう。

それでもやはり、諦める訳にはいかないのです。
by colin (2012-11-08 22:00) 

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